file-140 雪とともに~豪雪地「魚沼・十日町」の雪国暮らし(前編)

  

一つ屋根の下、人も馬も猫も一緒に冬を越す

 雪国・新潟の中でもひときわ雪深い魚沼地域。そこでは、人々は1年の半分を雪とともに暮らしています。江戸時代後期に建てられた豪農の館には、3mの積雪に負けず冬期間を過ごすための知恵と工夫が集結。なんと、現代に通じる先進的な取り組みもありました。

豪雪に耐えてきた築223年の屋敷

雪国の豪農の館は「ノアの箱舟」だった?!

目黒邸外観

入口部分が前に突き出した「中門造り」の目黒邸。重厚で存在感のある建物は、割元庄屋としての威厳を感じさせる。

平山教授

「木材や炭を供給してくれる山を背負い、前には田となる平地が広がる。豪農の館はそういう山の際に建っていることが多いですね」/平山さん

目黒邸内観

太い梁や柱がかやぶき屋根を支え、大空間を作る目黒邸。雪で閉ざされない高い位置に明り取りの窓を配置。

猫穴

猫の出入のたびに板戸を開閉すると暖気が漏れてしまうので、目黒邸では猫穴を設置(現在はふさがれています)

 柱と横木を組み合わせた冠木門(かぶきもん)の奥に、石垣に囲まれて重厚なかやぶき屋根の屋敷がそびえています。
 目黒邸は、寛政9年(1797)に、23カ村を束ねる割元庄屋の役宅を兼ねた住宅として建築されました。出入口として使われる土間部分が主屋に付いた「中門造り(ちゅうもんづくり)」は、豪雪地の民家に特徴的な建築方法です。とはいえ、威風堂々とした佇まいは、武家屋敷のよう。歴史的建造物の研究や修復も手掛ける、長岡造形大学教授・平山育男さんによると、「11代当主が割元庄屋になって建築したのですから、自らの地位を形で示したいという意図があったと考えられます」。だから、堂々とした外観や規模だけでなく、高品質の木材、こだわりの意匠など、見る者を感嘆させるポイントが多いのだそうです。
 そして同時に、雪深い地域で暮らすための工夫も随所に見られます。
 例えば、大きなかやぶき屋根は、一般的な屋根に比べて傾斜が急です。積もった雪を落とすための工夫であり、現在の落雪屋根にも取り入れられています。
「その屋根の下で、主人も家族も奉公人も馬も猫も一緒に暮らしていました。雪が降ると外に出られないので、必要な人、必要なものを家の中に集めたのです。大洪水を乗り切ったノアの箱舟みたいでしょう」。だから、屋敷の中には、土間や馬屋、板の間があり、高い敷居の向こうに、家族の座敷、仏間、客間、藩の役人の座敷など多種多様な「場」があります。ちなみに、猫はペットとしてだけではなく、ネズミを捕まえる大事な役割を持って同居。そのため、板戸には猫専用の出入り口「猫穴」が作られていました。

 

池

奥の座敷や廊下は、屋根からの落雪を解かすための用途を持った池に面している。冬期間は窓に落とし板を渡してガラス扉を保護。

 次は水です。明治34年(1901)に建て増しされた「橡亭(ちょてい)」は、裏山から水を引いて作った池に面しています。「この池の目的は作庭とともに融雪です。座敷は主屋の背面で雪が解けにくいので、水が流れるように池を設計し、そこに雪を落として融雪を早めたのです。狙いは風流だけではないんです」。さらに、この池では鯉を飼っていました。「残飯や養蚕で絹を産生した後のサナギを餌にして育て、冬になると貴重なタンパク源として食用にする。生活の知恵そのものですよね。限られた中で考え、工夫して暮らしていたことがわかります」

 

目黒邸では大正時代からオール電化?!

配電盤

目黒邸内に設けられた巨大な配電盤。ここで邸内の全ての部屋の電気を一元管理していた。

発電所

破間川(あぶるまがわ)にある須原発電所。大正2年(1913)に運用を開始し、今も現役で発電し続けている。

横山さん

座敷を案内する横山さん。「希少な黒柿(くろがき)材や、緻密な埋木(うめき)や透かし彫の欄間(らんま)のデザインなど見どころがいっぱいです」

 目黒邸には建築時の江戸時代の風情とミスマッチな装置があります。それは、大きな大理石製の配電盤。各部屋の電灯のオンオフをここでコントロールしました。「山奥の館で大正時代に全館電化ができたのは、15代当主と16代当主が衆議院議員に選出されて中央政界で活躍し、日本の近代化を目の当たりにしたからです。水力発電所の建設に出資し、都市部に電力を供給するだけでなく、自分たちも使おうと考えたのです」と、平山さん。
 ところが、料金の高さから周囲の人々は電気の利用をためらいました。「そこで、目黒さんが村の200軒分の契約料金を1年間払ったと聞いています」と言うのは、目黒邸の近くで生まれ育ち、現在は目黒邸でボランティアガイドとして活躍する横山治隆さんです。電気だけでなく、道路の整備や鉄道(只見線)の敷設にも力を尽くし、雪深い山間部のインフラ整備を進めた目黒家は、地域の人々にとっては特別な存在。今も「目黒さん」と親しみと敬意をこめて呼ばれています。「昭和40年(1965)まで奥様が暮らしていて、その後寄贈され、昭和49年(1974)に国の重要文化財に指定されましたが、70代80代の人にとっては目黒さんのお屋敷としての記憶があるから、愛着もひとしお。かやぶき屋根の葺き替えの時には村のみんなで手分けしてかやを用意したとか、目黒さんが所有地を使わせてくれたから須原スキー場ができたのだとか、自慢げに言いますよ。私の祖父も、この座敷で当主とお話をするときは緊張したものだと、よく話していました」

 

 目黒邸で使われていた庄屋の道具や江戸時代初期からの貴重な古文書などは、今、目黒邸資料館に収蔵されています。また、大きなかんじきの「すかり」、わらでつくった防寒具「みの」、木製のスコップ「こしき」などの生活用具や農具は、目黒邸に併設された守門(すもん)民俗文化財館で見ることができます。江戸時代後期に雪国の風俗を紹介したベストセラー『北越雪譜』に掲載されたものと同じ種類の品々が並び、タイムスリップしたような気分に浸れます。

 

 後編では、伝統的な雪国の文化を語るストーリー「究極の雪国とおかまち―真説! 豪雪地ものがたり」が令和2年度(2020)日本遺産に認定された十日町市で雪国の暮らしをたどり、また、魚沼市では受け継がれる雪国の食文化を紐解きます。

 

掲載日:2020/11/9

 


■ 取材協力
平山育男さん/長岡造形大学 建築・環境デザイン学科 教授
横山治隆さん/目黒邸 ボランティアガイド

【予告】この冬は「大島庄屋の家」へ。豪雪地の魅力がぎゅっと詰まった日帰りバスツアー

 上越市大島区も県内有数の豪雪地。そこに佇むかやぶき屋根の「大島庄屋の家」で、雪国の暮らしを満喫するツアーを開催します。JR新潟駅・長岡駅発着で、令和3年2月6日(土)、2月7日(日)の2回の催行を予定。現地では、雪遊び体験のほか、かんじき体験や越冬野菜の収穫体験、囲炉裏端で聴くごぜ唄など豊富な体験プログラムと季節の田舎料理を取り揃えてお待ちしております。ツアーの詳細や発売情報は、今後、当サイト「新潟文化物語」に掲載しますので、ぜひチェックしてみてください。

後編 → 雪とともに~豪雪地「魚沼・十日町」の雪国暮らし(後編)
冬の楽しみ、冬のごちそう

前の記事
一覧へ戻る
次の記事